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ドミニコ会と福音勧告

ドミニコ会と 福音勧告 1. 貞潔の誓願
2. 清貧の誓願
3. 従順の誓願

2.清貧の誓願

ドミニコが最初の兄弟姉妹に要求された貧しさと、現在のわたし達に求めている貧しさと比較してみますと異なっているようです。当初の本会の清貧は厳しさに重点をおき、現在の本会の清貧は分ち合いに重点がおかれていると言ってもよい。しかし、そのアクセントが異なっていても誓願の内容は全く同じであり、会憲はわたし達を励ましております。「金銀財貨を持たず、神の国を告げた使徒達に倣い、聖ドミニコとその兄弟達は、当時の使徒職の要求に応じての財産、収益、金銭を所持しないことを定め、福音の宣教に献身しつつ、日々の集団のパンを托鉢しておられた。ドミニコ会初期の使徒的清貧はこのようなものでした。この精神はそれぞれの時代に応じた形で保たれ、わたし達も生かさねばなりません。」(会憲19番)

貞潔と従順の誓願の内容とそのアクセントは当初と現在、全く同じですが、清貧の誓願の内容のアクセントは、時によって異っています。それは何故でしょうか。貞潔と従順の誓願の対象は直接に心の道徳的態度ですので、絶対的な誓願で、どんな時代でも内容と形がかわりません。清貧の誓願は違います。というのは、この誓願の対象は直接に物質ですので、相対的なもので、種々の時代と所に応じた形で発言されるのです。当初と現代の清貧の誓願の形を比較して見ましょう。

※当初の貧しさ

どちらかと言えば、当初、清貧の厳しさにアクセントがおかれていましたが、理由は次のようでした。当時、ドミニコとその同志者達は難しい問題に出あいました。これはアルビ一派の人々が守っていた模範的な清貧ということでした。教会の富につまずきを受けた異端者がイエズスの言葉の通り、「金銀や財貨」を持たずに行き、ただ神の国を宣べ知らせる(マルコ、6.8)ので、庶民はこの模範的な清貧に感動され、異端者の教えに耳を傾けるようになりました。これを見てドミニコは強く心を打たれ、異端者をこのままにしておいてはいけないと思い、同志者達と相談した上で、日々の生活に必要なものまで托鉢し模範的な貧しさを生かしながら、み言葉を宣言しました。

ドミニコが、厳しく清貧を守ったもう一つの理由は、ローマであったフランシスコの影響もあるでしょう。その後ドミニコは、ボローニアで開かれた本会の最初の総会議に集った会員達に強く願いました。「本会の兄弟姉妹が、財産や収益など所持してはいけません。」と、つまり本会は托鉢会の精神に従って言葉と行いとをもってイエズスをはじめ、その使徒達が発現した模範的な貧しさを守るように要求しました。

※現代の貧しさ

清貧について現代の本会は、当初の会員の気持ちを裏切ったのでしょうか。決してそんなことはありません。「わたし達は・・・実際においても精神においても貧しいものとなることを心に定める。」と会憲は述べています。(20番)

現代の貧しさのアクセントは上述の厳しさの面ではなく、分ち合いにあります。要するに清貧とは、先ず物を持ってはいけないということよりも持っている物を寛大に分ち合うということです。時代もかわり、ドミニコの時代、修道院も一般社会も貧しさの中にありましたが、現代の社会ではあの中世紀におけるような貧しさはとても見出せません。特に日本に於て非常に貧しいと思えるような人はほとんどいませんし、政府の援助もしっかりとしています。このような社会の中で、ではどのように清貧を守り、活かせるのでしょうか。

次の三つの手段をおすすめします。先ず、個人的な所有権を放棄することです。アウグスチヌスが述べるように、過ぎ去ってゆくあらゆる事柄において、常にとどまる愛がぬきんでなければなりません。(戒律 8番)次ぎに、与えられた任務を真剣に果たすことです。聖パウロはいいました。「我々は、あなた達のもとにいた時、働かない人は食べてはならないと命令しました。あなた達の中には無駄事だけに時間を費し、働かず怠ける者がいるときいている。こういう人は静かに働いて自分が得たパンを食べよ。と主イエズス・キリストによって命令し切にすすめる。(2テサロニケ、3.11)働くことは、病気でない限り、どんなに年をとっても、その精神に従って貧しさを守らなければなりません。最後になりますが、分ち合う精神を生かすことです。「会の目的又は使命に役立たせることのない財産を蓄積してはならない。」(会憲32番)自分よりも貧しい人を尋ね、恥ずかしめないように分ち合います。必要な財産を使用しつつ、創立者ドミニコのすすめた精神を証しするのです。これは物質面のみでなく霊的なものに及びます。例えば、祈り、信仰に導く霊的指導、み言葉の奉仕、悩みや不安を慰めるなどによる分ち合いの態度や、修道院内に関して与えられた任務を寛大に受け取り、立派に果す努力など、すべての奉仕、清貧に基づく業です。いただいた賜物をもって人に仕えることは、優れた分ち合いであり本会における清貧を生かす態度です。

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