Convento de San José
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日本における宣教

(43)朝祷会第17回全国大会

キリスト教一致運動は第二ヴァチカン公会議の「エキュメニズム教令」や「新教会法」にカトリック者にとって「不退転のもの」と規定されたものであるが、愛媛地区においても盛んに行われている。毎年1月18日から25日までの一致祈祷週間にはカトリック・プロテスタント両教会の信徒が集まって共に祈り、交わりを深めることが地区内の諸教会で行われている。
朝祷会は日本の信徒の間から自然発生的に生れた一致運動の1つで、週に1度か月に1度、朝の出勤前に1時間の集会を開く。半時間の祈りをしてのち、共に歓談しながら朝食を取って出勤して行くというやり方である。全国的に盛んで、四国では10カ所で開かれており、そのうち愛媛地区内では松山、北条、新居浜、宇和島で行われている。松山教会は1978(昭和53)年の第17回全国大会の第2会場となり、高松教区長深堀敏司教がミサを捧げ、その中でエキュメニズムの意義を話し、参加した約500人の人々に感銘を与えた。また、1986(同61)年には朝祷会四国大会が松山教会で開かれ、約60名が参加した。
そのほか松山では毎年3月に世界帰人析祷日が開かれ、カトリック・プロテスタントの婦人たちが集り、世界平和と正義のために析り、働いている。そうした中から両教会の婦人信徒が協力してフィリピンの貧しい人々を救援する運動が始められた。

(44)ドミニコ会宣教師上陸記念碑

1979(昭和54)年7月29日、鹿児島県下甑島長浜町手打の浜辺で、マニラからやってきた最初のドミニコ会宣教師たちの上陸記念碑の除幕式が行われた。鹿児島教区の糸永司教と川内教会のロータル神父と信徒たち、愛媛地区からは深堀司教、サトルニーノ地区長、数名の神父と50名の信徒が参加した。町民ホールで記念ミサ、祝賀会が開かれた。その席でドミニコ会神父たちは、最初の宣教師たちが上陸した夜に歌ったと記録されている聖母賛歌「サルベ・レジナ」を高らかに歌った。この前夜、摂理的にも最初の宣教師たちが建てた最初の教会の定礎石が発見されたことは既述の通りである。

(45)至聖ロザリオ管区の来日75周年と高松司教区創立75周年

さらにもう1つの慶びの日を迎えた。1979(昭和54)年は「至聖ロザリオ管区来日七十五周年」で、それは同時に「高松司教区創立七十五周年」でもある。2つの慶びを祝する記念式典が11月22日と23日の2日間にわたり松山で行われた。第1日目は「至聖ロザリオ管区来日七十五周年記念祭」が松山教会において挙行され、スペイン大使アラゴネス氏、教皇大使マリオ・ガスパリ大司教、安田久雄大阪大司教、深堀敏高松司教、田中英吉司教、田中健一京都司教、野口由松広島司教、佐藤千敬仙台司教、パリー外国宣教会日本地区長ジヤン・ワレ神父、至聖ロザリオ管区長サンセグンド神父ほか各地から40名の司祭たちと多くの信徒が出席した。

午前中は記念ミサ、午後は祝賀会、タは市民ホールで世界的ソプラノ歌手今井久仁恵女史の独唱会が開かれた。第2日目は「高松司教区創立七十五周年記念祭」が聖カタリナ高校白百合館において挙行された。この日は「教区の日」でもあり、四国各地からの信徒の参加者が加わり、総数は1000を越え、このよき日に愛媛地区の22名の子供たちが初聖体を受けた。午後は北条にある聖カタリナ短期大学に新築された音楽堂「カタリナ・ホール」とパイプ・オルガンの祝別式、記念音楽祭が開かれた。なお、この機会にヴァチカン大使は高松教区最初の巡察をされた。また至聖ロザリオ管区日本地区は記念誌「日本のドミニコ会75周年記念」、高松教区は「巡礼する教会」を出版した。

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